◆ Wonderful World :3

デュナが初来訪した長閑な村、最初のお家で最初に見た光景が────空中を踊るちゃぶ台。

……なんていうんですかねー、そんな馬鹿なって感じですかねー?


村長
「なぁにが『ド・イナーカ地区』じゃ、フザけおって!
お前みたいなクソ団長にこの地を任せておるのが不安で仕方がないわクソガキ!」

リュウザ
「いてぇ!いてえって!
ド田舎なのは本当のことだろうが!
本当の事言われて悔しいのはわかるけど、そこはもうちょっと大人になれって!」

村長
「うおおおおおお────ッ!何を言うかこのクソガキィィィ!
そこに座れ!再教育してやるううううううううう!!」

リュウザ
「再教育か……ジイさんエロい言葉知ってるな」


デュナとオルフェの目の前で、
村長がリュウザに対して物凄い勢いで捲くし立てている。
口だけならいいが、お察しの通り手も出ている。杖も出ている。
物も宇宙空間の様に空中を飛び交っている。

…………のどかな、村、なのだが……。
それだけにこの騒ぎは際立つらしく、村長の家の周りには軽く人垣が出来ていた。


デュナ
「いつも、こんな感じなんですか?」

オルフェ
「……だいたいそう。
たぶん、もうちょっとしたら……」

デュナ
「……もうちょっとしたら?」


言った瞬間、デュナの背後でワァッ、と歓声。
完全に振り返る暇すら与えず、ソレは始まった。


村民
「さぁ────今日も始まったあああ!
今日は『騎士団長が何秒でキレるか?』だ!
10秒後!20秒後?…………いやいやまさかの30秒後ォ!?
────ここで張らなきゃ男が廃るぜ!
腕に覚えのある色男から張ってくんなァ!!」

オルフェ
「あ、はじまった」

デュナ
「……なんですかこれ」


のどかな村の光景は一変。

『オオオオオオ!』『20秒後だァ!』
『馬鹿が、30秒後に決まってんだろう!』『いや10秒だろ!』
『んだと、テメーの制限時間に合わせてんじゃねえこの早漏ォ!』
『そうだそうだ!カミさん悲しんでんぞ!』
『なんだと!?お前ら人の家の繁殖事情に口出してんじゃねぇぞテメエらぁ!』

…………などなど、実にエキサイティングなワードが飛び出している。
事情は単純過ぎて、初の来訪のデュナにすら痛いほどやっていることがわかる。
こうなった経緯もなんとなくわかる。

しかしまあ、なんというか…………なんということだろうか。


リュウザ
「調子扱いてんじゃねえぞじじい────ッ!」

村人達
「「「「大人気もなくキレたぁ────ッ!!」」」」


大地を揺るがす程の歓声!!


デュナ
「…………なんとなく、着いて行けない空気です」

オルフェ
「……常に空気を気にかける必要はない」

デュナ
「先輩が言うと説得力大ですねー……」

オルフェ
「特にこの騎士団領の空気は……空気を読まないことが空気、みたいな?」


……わかる気がする。

結局、落ち着いて卓を囲んでの話が始まったのはそれから半刻も後のことだ。
ありえないことだが、オシャカになるよりは百倍マシだった。


村長
「……スマんかった、お二方。
こちらから呼びつけておいて、お待たせして申し訳ない」

デュナ
「いえいえ、お気になさらず……」

リュウザ
「いやいや、マジにどこ持っていっても申し訳のねえジジイだぜ」

デュナ
「ちょっ」


なんとか収まった雰囲気に、鋭い挑発の差し込みが再度行われる!
だが老人は意外に冷静だった。若干年の功。




村長

「ありがとな、嬢ちゃん。そして黙れカスガキ。
大体、お前ら騎士団がお呼びになるのはあと一刻半も後じゃ。
会議だってコロナの嬢ちゃんに伝えておいたじゃろうが」

リュウザ
「あー……そういやなんか、それらしいこと言ってたな。
会議ってアンタの差し金か」

村長
「騎士団に向けて正式な依頼をしたつもりだったんじゃが……
何故お前だけ先に来るとかいう番狂わせが起きとるんじゃ」

リュウザ
「さぁてな。女神様が微笑んだんだろ?」

村長
「そんな名前の疫病神、聞いた事もないわい」


まともに取り合う気の無いリュウザの言葉に、村長は長いため息ひとつをもって妥当な返答とする。


村長
「ま、手間が省けたと考える他あるまいか。
依頼内容については、想像も出来とるじゃろうから細かな説明も省くぞ。
考えての通り、嬢ちゃん賞金稼ぎと騎士団に声をかけたのは、荒事の依頼以外の何物でもない」

リュウザ
「……賞金稼ぎも混ぜるたぁ、騎士団はそんなにアテになんないかね?」

デュナ
「まあまあ、村長さんもそんなつもりで言ったんじゃないと思いますよ」


村長
「嬢ちゃんの言う通り、そこについては、誤解だ。
腕の立つバックアップを頼んでおきたかったまでだ」

リュウザ
「おいおい。
それを判断するのはアンタの仕事の枠外だろ────なんて言うのは仕事してる騎士様だね」


自覚はあるらしい。そりゃそうか。


リュウザ
「……面白そうな話じゃないか、続けてくれよ」

村長
「ったく、紛らわしいんじゃこのクソガキが」


ここで本題の前に一つ、小難しい説明をする。読み飛ばし可。

騎士団のシステムについてのことだが、それをするには簡単な世界説明から入らねばならない。

この世界の文明の主役としては、6つの大都市がある。
とにかく巨大な都市アインフィル、武芸都市ラクレイア、学術都市オーライア、
軍事都市ベルガ、商業都市コーネリカ、宗教治区レクセイム。
それら代表となる都市の下、小さな町や村が数多く存在している。
この村、エイメル(ド・イナーカではない)もそのうちの一つということだ。

6つの都市は、元は6つの国であった。
しかしある時、人類としてある共通の敵を持ったため、同盟の形として『都市』を名乗った。
今から百年も昔の話だ。

その時に、人間世界を共通する治世の法が築かれた。

『人類憲章(Charter of the Human race)』。

人間がどこを居住区として、どこを治めているかをキッチリ管理するための法。

地域の治安は『騎士団』が管理し、その地域で治安を乱す事態が起きたときは、
発見者は責任を持つ騎士団に報告し、騎士団がその事態を納める。

だから先ほどのリュウザの発言は、個人の感情によるところばかりではない(勿論全く個人の感情が入っていないとは言わない)。
第一責任者としての騎士団、その長たる騎士団長として、きっちり法としての裏付けがあるのだ。

────ただし、先述の『人類の敵』が絡む場合は、その限りではない。


村長
「村より北。恐らく距離は三、四里先。
そこから、ゲートの反応が出ておる。
賞金稼ぎのお二方には先行してそこの調査に、騎士団には本格的な解決に臨んで貰いたい」

リュウザ
「……おいおいジイさん、期待以上だ。
久しぶりにおもしれえぜ、魔物が絡むってか!」


ゲート。
人類の敵『魔物』が住む異世界、『魔界』と繋がる空間の歪みをそう称する。
百年前、人と魔物が初の対峙と、途方に暮れるほど巨大な戦火を繰り広げた後。
おおまかに30年強の周期を経て、魔物と人間との大きないざこざは発生している。
細かな仕組みはわからぬものの、大体35年周期でゲートは多く発生するためだ。

つまり最初の対峙とは別に二度、規模は最初には劣るものの戦争は起き。
その三度目の時期は、すぐそこまで来ているということになる。


オルフェ
「……穏やかじゃない。
魔の者が絡むと、大体割に合わないから困る」

デュナ
「魔物、って私、まだ戦った事ないですけど」


人の世界に住む凶暴な怪物と、魔物は本質的に異なる。

怪物は『凶暴化した動物』という表現が的確だ。
対して魔物は知恵を持ち、魔術を行使してくるものが多い。
また、その生態そのものに魔術的な付加が刻まれているため、
単体の戦闘力としても人間は魔物に劣る。


オルフェ
「……注意が必要」

デュナ
「そうなんですか?」

リュウザ
「マジだ。
向こうさんのが、魔術の知識そのものは上らしくてな。
そのくせ腕っ節もなかなかだ。燃えるよな?」

デュナ
「え……いや、燃えるとかは、ちょっと」

リュウザ
「うーん……わかんねーかなあー……」


リュウザのこうした活き活きとした様子を見る度に、デュナは違和感を感じる。
いつもは本当に面倒くさがりで、何をするのも気だるそうにやるのに、
闘争が絡むと急に活き活きとする────ちょうど、今みたいに。

戦いが好きなのは騎士団長的にプラス……の様な気はするので、いい事かもしれない。
もっとも実際に戦っているところを見たわけではないので、腕の程は定かではないが、
少なくともこういった厄介な案件にも高いモチベーションをもって臨めるのだから、
腰抜けの無能よりは大分マシなはずだ。


村長
「……最悪、第四次戦争はすぐそこじゃ。
戦乱の時代が来るなんぞということは、
思い過ごしであり、余計な危惧であればよい。
ただ人の命を背負う立場であるならば、最悪のカードを予測して然るべきじゃからの」


デュナがリュウザの変貌を考えている間に、そうして説明は区切られる。
リュウザは既に今得た情報で満足した様だし、オルフェ先輩はいつものだまりっこ。
静寂が場を包もうとしたので、デュナが切り出す。


デュナ
「理解できますけど……」

オルフェ
「……何を隠そう貧乏くじ」

デュナ
「うっ、先輩、もうちょっとコロモって奴をですね……着させて言おうとしたんですけど、」

村長
「いいんじゃよ。
要求は素直に言った方が、案外商談ってのは成り立つもんじゃ」


オルフェはこくりと頷いて、村長に向き直る。


オルフェ
「……魔物を倒せば報奨金が貰える。
この仕事自体を優先的に解決するよう支持した貴方からも、いくらかのお金が貰える。
それでもまだ足りないと私たちは言う。
その要求を最もだと同意する…………ここまで、OK?」

村長
「要求の程度によるがな」

オルフェ
「じゃあ、糸。特産物の」

デュナ
「糸……?」

村長
「確かに特産物じゃが……糸なんぞ持って、どうするつもりじゃ?
売却益で稼ごうにも単価が低くて持ち運びには合わんぞ」

オルフェ
「糸自体はいらない。
一つ、編んで欲しいものがある」

村長
「別にいいが、なんじゃ?」

オルフェ
「ピンクの下着」


…………オルフェの横で、デュナが崩れ落ちた。


オルフェ
「……ちょうど今、崩れ落ちたこの娘の毛の色のような」

デュナ
「ひょっとしてさっきの質問ってこのため……」

オルフェ
「同じ色の毛と糸がまじわるのね……」

デュナ
「ちょ、ちょ、何言ってくれてるんですか先輩!」


目の前に座る老人の顔が若干赤い。
「お盛んだな」とリュウザ。カッ飛ぶコップ。
割れる音が騒がしいが、動揺したデュナの耳にはその音すら入らない。


オルフェ
「あなたが着る」

デュナ
「あの、先輩、お気持ち自体は嬉しいですけど!」

オルフェ
「私が撮る」


オルフェの手には失われし秘宝。
現代からはロストしたテクノロジーにより割れ目までくっきりとでも言いたげだ。

……ではなく。


デュナ
「歴史的遺産をそんな事に使わないで下さいッ!」

オルフェ
「……道具は使われてこそ、真価を発揮します?」

デュナ
「発揮する方向間違ってますから!」


……なんとかしなくては!
盗撮一号がその天命を果たす前に!


老人
「まあ、ワシとしては異存は無いが」

オルフェ
「商談成立」

デュナ
「ええっ!?」


危険球をインターセプトをする前にゴールに入ってゲームセットしてしまった。


リュウザ
「……話は終わったか?
俺としては今から行っても構わないんだが」

村長
「おい、お前さんは役割が違うじゃろ!
さっさと騎士団に戻って指揮をだな…………」

リュウザ
「そんなタルい事してられっかよ。
第一、指揮する本人が現地知らなくてどうすんだ」

村長
「情報なら彼女たちから後で貰えば充分じゃろうが!」

リュウザ
「フッ、これだから素人は……」

村長
「うおおおくたばれガキが───ッ!」


……ああ、いけない。
なんかどんどん話が進んで行っている。
ついでに椅子も空を飛んでいる。

焦燥に駆られるデュナの肩に、ぽんと置かれる先輩の手。
振り返ると、めったに見れない先輩の微笑みがあった。


オルフェ
「(^!^)」


先輩の絶妙な表情。
……諦めたほうがいいですよ、というニュアンスがそれに強く含まれていた。




デュナ
「……………………ハァ………………。」




もう、どうにでもなってしまえばいい…………。







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