◆ Wonderful World: 4

リュウザ
「ここだな」


イベリア大洞窟。
ど田舎村エイメルから数里離れた場所にあるここは、
光る鍾乳洞として、探検家の間では根強い人気を誇っている。


デュナ
「緑色の光がふわふわ浮いてて、ロマンチックですね〜……」


普段見れない鍾乳洞というステータスが天然の淡い光に照らされるため、
この様に、ロマンを好む一般女性にも人気である。
緑色の発光については、この地に多く含有された魔素(その名の通り魔力の素)によるものだとされるが、
その魔素が発光するプロセスについてまでは、詳しく解明されていない。


オルフェ
「…………でも、変」

リュウザ
「だな」

デュナ
「え、そうなんですか?」

リュウザ
「普段より光がよえーんだ」

オルフェ
「あと……なんか妙な雰囲気────」


その言葉の途端、壁からオルフェの後頭部を狙う、
小さな黒い影が跳ねていた。


オルフェ
「……なんか居る、ね?」


しかし、その影の突進は翡翠色の刃に受け止められる。
いや、受ける、というより払う、という表現の方が近かった。
影の攻撃が払われた次の瞬間には、
オルフェの操る翡翠の対の刃のもう片一方が、
円の動きで影を切り払い、地面へと伏せていた。


デュナ
「流石先輩!お見事です!」

リュウザ
「久々に見たぜ、『刃の盾』」


オルフェ
「……いえーい」


『刃の盾』。
オルフェ・フォークライを賞金稼ぎとして有名にせしめた、
彼女しか使えないとされる攻防一体の奥義である。

対の刃を円状に回す事によって相手の攻撃を払い、
次の段の攻撃で一瞬の内に攻守を引っ繰り返す。
理屈としては簡単だが、絶妙な力の加減が必要であるため、
世界中の賞金稼ぎがマネしたくても出来ない、まさにオリジナルの秘技であった。


オルフェ
「……で、ビンゴ」

リュウザ
「だな。魔族だ」


地面に打ち付けられ、碌な身動きも出来ぬままもがいているのは、
『インプ』と呼ばれる、小型で力の弱い者ではあるが、確かに魔族であった。


リュウザ
「ちっと、奥まで行ってみっか」

オルフェ
「…………えー」

リュウザ
「なんだよ。不満そうだな」


意外な反応に、リュウザは目を丸くする。


デュナ
「いや、そりゃそうですよ……。
もうこの時点で、私たちの仕事は終わってるじゃないですか」

リュウザ
「どんだけボロい仕事なんだよ、おい。
デュナとか放電してもいないじゃないの」

デュナ
「平和な方がいいんですー」

リュウザ
「ほーうでんっ ほーうでんっ ほーうでんっ」

デュナ
「な、なんなんですかそのコール!」

オルフェ
「……ほーうでん、ほーうでん」

デュナ
「せ、先輩までっ!
先輩も帰りたい派でしょ!応援してどうするんですか!」

オルフェ
「む……後輩はいじりたいものの……
即座に帰りたい心も否定できないジレンマ」

リュウザ
「ううむ」


確かに、今地べたに転がっているインプ一匹、
吊るして家に持って帰れば騎士団派遣の明確な理由となるため、
オルフェ達の仕事としては早くも完了してしまっている。

しかし……入り口で小悪魔一匹ハタき落としただけとは。
騎士団長的心情として、
どうもこの二名の賞金稼ぎの怠惰を、いや不正を!
断じて見過ごしてはならない使命があるカンジがするッ!


リュウザ
「おめえらお金貰うんだろ!
君達に労働の機会を与えてくれた雇用者に、申し訳ないと思わないのか!
…………えーと、だからもっと働けよ、おい」

オルフェ
「あなたに言われたくない」

リュウザ
「まぁまぁ、そうですよね。
途中からそう言われると思ってました」


……主に三行目で言いよどんでしまった辺りで。
仮に犬探しでも引き受けて、角を曲がった瞬間に見つけても、
俺だったら申し訳ないと思わないもんね。
仕事はこなしましたんで金は貰いますよっと。


リュウザ
「……ま、いっか。俺一人でも」

デュナ
「え、正気ですか?」


今度はデュナが目を丸くする番だった。
仮にも人類の敵の、巣窟になってるかもしれない場所である。
いくらリュウザが腕に自信があるとはいえ、そこに単身で乗り込もうというのだ。


オルフェ
「……まぁ、貴方なら大丈夫」

デュナ
「マジですか」

リュウザ
「まあ、これぐらいの歪みなら平時でもたまにあるぞ。
対処したことは、まあある」

デュナ
「まあ、あるって……死ぬかもしれないのに」

オルフェ
「大丈夫」


不安に思うデュナの肩に、ぽんと手が置かれる。


オルフェ
「……彼、腕は立つから」

デュナ
「え?」


それだけ言って、オルフェは踵を返して日の光が差す方向に歩いてゆく。

いや……今、一瞬しか見えなかったけど。
いつも無表情なオルフェ先輩が、本当に柔らかな、微笑みを浮かべていたような。


リュウザ
「……デュナ、お前はどうするんだ?」

デュナ
「あ、あー……はい。
申し訳ありませんが、失礼します」

リュウザ
「ったく。
せめて村の人たちに、騎士団の派遣については頼んどいてくれよ」

デュナ
「それは勿論、やらせていただきます」

リュウザ
「おっけ、頼んだぞ。じゃな」

デュナ
「は、はい、お疲れ様です────」


とてとてと立ち去っていくデュナ。
リュウザもそれを、一瞥のみで見送ろうとして────


リュウザ
「…………ッ! デュナ、あぶねえ!」

デュナ
「へ?」


洞窟の影に隠れていた、
先ほどのよりは大きな影……インプが、デュナの身体を思い切り跳ね上げる。


デュナ
「…………」


デュナは言葉すら発せぬままその身体を、
XもYもZも無い、ただの暗闇に浮かせる事となる。


リュウザ
(…………まずい、気を失ってやがる)


あの状態では落ちただけでも大怪我だ。

浮いた身体は入り口から洞窟の奥まで吹き飛び、緑色の光が僅かに照らす地面まで、
いや、その傍には、底が見えない穴が─────


リュウザ
「チッ……!」


舌打ちと共に、一息で跳躍。


身体を硬い岩に打ちつけようとしていたデュナを片手でなんとか支えるが、
勢い付いた身体は、否応なく深い穴へと吸い込まれていき…………
重力は、リュウザの身体をどこまで続くかわからない闇に落としてゆく。


リュウザ
「ったく電気娘、油断すんなっての」


どこに続くかわからない穴。
腕には気を失ったデュナ。
お姫様だっこ、本日で二人目。共通点として意識がない。クソ!

……しかしまぁ、どうしようもないほどに絶体絶命である。
一歩間違えれば、絶望的である。

にも関わらず、なんか笑える。


リュウザ
「……はは、面白くなってきたじゃねえか」


変だとはわかっていても、
リュウザ・ラングランは身を焼くような強い危機に瀕した時、いつも笑みを浮かべていた。

そうであるからこそ、リュウザは騎士団長たりえるのかもしれない。
逆にそれ以外は勤まらないのかもしれない。

きっと、俺は馬鹿なのだろう。
それでも馬鹿が自分を馬鹿だと気付いたって、結局ありのままで在るしか無いんじゃあないのか?

…………まぁ、別にどうだっていいことだ。








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